刹那の夢、永久の幻想


 優しく頬を撫でる風の心地よさに意識が覚醒していく。
 わずかばかり疲労感はあるが、気分は悪くない。
 だが私はどうして眠ってしまったのか、それが思い出せない。幾漠かの不安とともに目を開け、そして戸惑う。
 そこには満天の星空と―――、虚空をみつめるシグナムの顔があった。
 思考もはっきりとしていき、しだいに状況が飲み込めてくる。どうやら私はどこか野外で・・・それもシグナムの脚を枕に寝ているらしい。
―――起きなければ
 そう思うも体はすぐには動かない。シグナムには悪いが本当はしばらくこうしていたかった。目が覚めたことにシグナムが気付いた様子は無い。何か考えているのかその表情はどこか物憂げだった。  自然と視線はその端整な顔立ちに引き寄せられる。シグナムは今何を思っているのだろう、そんなことをぼんやり考えてみるも答えなど出るはずもない。私はただ惹かれるがままにじっとシグナムを見ていた。
 どれくらいそうしていただろうか。  ふいに下を向いたシグナムともろに目が合った。急に自分に向けられる視線に、起きていた罪悪感よりも気恥ずかしさが込み上げる。それでも目を逸らすのは不自然な気がして、私たちは少しの間見つめあったままだった。顔が熱い・・・・。
 考えずともずっとああしていればこうなることは明らかなのに、自分はどうかしていたのかもしれない。

「目が覚めたか」

 シグナムは少し不思議そうな顔をしていたが特に気にしてはいないようでその声は優しかった。けれど軽くパニックな私はそれに対し、ただこくこくと頷くことしか出来なかった。
 そしてようやく体を起こし、シグナムの隣に座りゆっくりと背をもたれる。

「気分はどうだ?」

「悪くはないが―――」

 そう、気分も体調も悪くない。だがそんな風に聞かれるということは私はおそらく――――

「その・・・、どうして私はおまえの上で寝ていたんだ?」

 思い出される気恥ずかしさを抑えつつ問い返す。

「戦いの後急におまえが倒れるから・・・、どこかで休ませた方がいいと思った」

案の定、不甲斐無くも私は倒れたようだ。

「主の元へ戻ってもどうせろくに休めはしないだろう。だからしばらくここでゆっくりするといい」

「・・・そうだな」

 まったくシグナムの言うとおりだった。今の主もこれまで同様、私たちを道具としか思っていない。いたわりなどかけらもなく、傷つき戻っても心身の休息など得られはしない。

「おまえは大丈夫なのか?」

「今のところはな・・・、だが正直気力だけで動いているところもある」

 シグナムの答えは心のどこかではわかっていたこととはいえ私はやはり悲しかった。騎士たち皆がそうせざるを得ない状況を私にはどうすることもできない。

「そうか・・タフだな・・・」

「守りたいものが・・・あるからな」

 再び遠くをみつめるシグナム。そんな言葉が返ってくるとは思ってもみなかった。この残酷な運命の中で、シグナムはそれ程までに何を守りたいのか。

「守りたい・・・もの?」

「あぁ――――」

 決意に満ちた重い声でそれだけうなずく。少しの間じっとシグナムを見ていたが、相変わらず何かを見据えるようにじっと前をみつめるままで口を開く気配は無い。
 あまり言いたいことではないのかもしれない、そう思って特に追求することはしなかった。

 それからはしばし時を忘れて色々なことを語り合った。他愛も無いこと、お互いの価値観や信念、それに愚痴をこぼしたりもした。
 ただシグナムと話すことが楽しくて、私にはそれがとても幸福な時間だった。
 かつてこんな気持ちになったことなどあっただろうか?
 この束の間の幸福がずっと続いて欲しいと、心からそう思った。
 だがそうならないことくらいはわかっている。いつ終わってしまうのだろうという不安が時が経つにつれ心の片隅で徐々に大きくなっていく。
 私はそんなことを気にしすぎていたのかもしれない。


「私は―――


 だから突然のシグナムの言葉を、すぐには理解できなかった。


      ―――おまえを守りたい」


 同時に私の手はあたたかな温度に包まれる。それは本当に突然だった。シグナムは思いつめたような声で、その表情は・・・とても切なかった。
 シグナムは今何と言ったのか?
オマエヲマモリタイ―――?
 徐々に飲み込めて行く言葉の意味に鼓動が高鳴り、触れられた手が熱を帯びる。

「シグ・・ナム・・・」

 搾り出すように、かろうじて私はその名を呼ぶ。けれど――――

「そろそろ戻ろう、あまり遅くなっても面倒だ」

 立ち上がり、戸惑う私のことなどお構いなしに淡々とした調子でシグナムが言う。いきなりのことにまたも私は戸惑う。今のことで聞きたいことだってある・・・。けれどシグナムの言うことはもっともだし、それに・・・とても言えたことではないが、私のためにシグナムにこれ以上迷惑をかけたくはない。
 なによりシグナムはもう歩き出そうとしている。

「あぁ・・・・」

 慌てて返事をし、歩き出すシグナムに続く。シグナムと二人過ごすこの時間はとても惜しいが・・・、私たちを取り巻く状況は厳しい。シグナムがくれたこの優しい時間も主の元へ戻ればまるでそれは幻だったかのように、私達は現実に引き戻されるのだろう。

 それでも今はこの手に触れた温もりを、その想いをずっと感じていたくて―――――
 帰り道、私はシグナムのことばかり考えていた。




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あとがき
背景設定としては、StrikerSのサウンドステージ03での過去話のような感じの状況をイメージしていただければ。
内容に関しては2人が自分の気持ちに気づく過程的なものを目指してたような別にそうでもないような・・・、とりあえず少し淡めな感じでしょうか。