―――――静寂の夕暮れ―――――
「ん・・・・・」
差し込む夕日の眩しさに徐々に意識が覚醒していく。キッチンからは規則正しい包丁の音が小気味良く響き、食欲をそそる匂いが鼻孔をくすぐる。
―――そろそろ起きろということか
差し込む夕日に手を翳しつつゆっくりと目をあける。翳した手には身に覚えのない包帯、体には毛布がかけられている。
この程度の傷などたいしたことはないのに――――
それでも心は暖さで満たされていく。
音を立てぬように体を起こしキッチンを見る。エプロンをした長い髪の女性。なんとなく彼女だろうとは思っていた。いつもは白銀に輝くそれはキッチンまで伸びる夕日に照らされ心なしか金色にも見える。
私は吸い寄せられるように彼女の背後へと忍び寄る。極力気配は消しているが彼女ならば気付いているかもしれない。ちょうど手があいたところで後ろから彼女を抱き締めた。わずかにびくりとはしたがそれほど驚いた様子はない。おそらくは気付いていたのだろう。だがそんなことはどうでもいい。
そっと、回した腕に力を込めてゆく。私の欲しかったやわらかな感触、心地よい温もり。離れていることがつらいなんて、私はいつからこんなに弱くなったのだろう。
「シグナム・・・?」
困惑などではなく、こちらを心配するような声色。けれどそれに答えることはしない。顔を首筋に寄せ、わざわざ彼女が気付くように匂いを嗅ぐ。肺を満たす彼女の香り。
そう、この匂い――――
少し恥かしそうにしているが、それでも彼女は何も言わずにおとなしくしている。いつだって私を受け入れてくれる愛しい、愛しい存在。
「リイン―――」
耳元で囁くように名前を呼んでみる。くすぐったそうにするしぐさがたまらなくかわいい。
そうやってしばらく彼女を堪能してから、ようやく私はその言葉を口にする。
「ただいま」
こうして帰る場所があることが、待っていてくれる人がいることがそれだけでどれほど幸せか。少しでもこの気持ちが伝わればいい。
そして―――
「おかえり」
―――私の腕に手を重ね、当たり前の、それでも大切な言葉が紡がれる。私の好きな優しい声。
そのあたたかい響きに酔い痴れるように私はいつまでも彼女を抱き締めていた。
おまけ
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夜、シグナムが帰りみんながそろった食卓。たいした期間ではなかったとは言え、主であるはやての表情はいつも以上ににこにことしている。
だがシチューを口にした瞬間その笑顔が曇る。
「ん・・・」
「はやて、どうしたの?」
心配そうに声をかけるヴィータ。
「リイン、なんやこのシチューちょっと焦がしたんとちゃう?それともシチューはシャマルが作ったとか?」
どうやらシチューが煮込みすぎだったようだ。はやては帰りが遅くなるので食事の用意をリインフォースに頼んだのだが彼女がミスをすることはめったにない。
「は、はやてちゃんひどい・・・」
シャマルは撃沈した。はやてが真顔なあたり救いようはない。
「いえ、私です。すみません主、少し事情がありまして・・・」
すでに放心状態のシャマルを気の毒に思いつつ、リインフォースが名乗りをあげる。
「ふーん、事情ねぇ――――・・・」
なんとはなしに聞いている風なはやてだがその視線はシグナムへ向けられる。それに対しさりげなく視線をそらすシグナム。それだけ見ればはやてには十分過ぎた。
「はぁ、シグナム・・・・・またやの?」
―――八神家ではよくあることだった。
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