静かな夜
音もなく降りそそぐ雪が見慣れた景色を白く染め上げていく
木や草や虫、生き物はみな息を潜め雪に埋もれ消えゆく
そう、まるで彼女はそんなものの一つに過ぎないかのように儚く―――――――
――――――――― SnowRain ―――――――――
主はやての家のテラスで私は一人空を見上げていた。しんしんと降りゆく雪を見ていると落ち着くのだ。
主が倒れたことや、私達の本体とでも言うべき管制人格がもうすぐ消えていくこと。
なんとかしたい、だがどうにも出来ない事実に迫られて、私はここでこうして自分をなだめることしか出来ないでいる。
「ここにいたか、烈火の将。」
静けさを壊すことなく、それに溶け込むような声。振り向けばこちらへ近付く人影があった。
雪に消え入ることなく輝く白銀の髪に、澄んだ真紅の瞳が印象的な女性。見た目には私と同じくらいの年齢だろうか。
「おまえか、――リインフォース。」
そう言うと彼女はそっと目を閉じて安らかに微笑んだ。噛み締めているのだろう、主に貰ったその名を。
「そう…、呼んでくれるのだな、シグナム。」
彼女も私を名前で呼ぶ。
「ふっ、当たり前だ。」
クールにそんな風に答えてはみるが、今まで二つ名で呼ばれていた相手に名前を呼ばれるのは少々気恥ずかしいものがあった。
「それで私に何か用か?」
「いや、用と言う程のことではない。少しこの世界の夜空を見てみたくてな。」
魔導書の管制人格がわざわざテラスまで私に会いにきたのだ。何かあるのかと思ったがどうやらそうではないらしい。
彼女はただじっと空を見上げている。
黒い服に銀の髪、降り注ぐ真っ白な雪の中煌めく強い意志を秘めた紅。
雪が似合うなと思った。
「私がこうして穏やかな気持ちでいられるのはおまえ達のおかげだな……シグナム。ありがとう。本当に感謝している。」
不意に彼女が口を開く。まっすぐにこちらを見ていた。
「それから…」
言いかけてわずかに表情が曇る。
「おまえ達にはつらい運命をしいてしまった。言ってどうなるものでもないがそれでも言わせて欲しい。すまなかった………。」
悲痛な声だった。彼女がどれほど心を痛めていたのかが伝わってくるようだ。
自らのせいで私達を苦しめてしまうこと。そしてそれを自分ではどうすることもできないこと。
きっと誰よりもつらかったのは彼女だろうと私は思う。
彼女はとても優しいから。
「リインフォース……気にするな。もう終わったことだ。それにおまえのせいではない。」
「シグナム………ありがとう。優しいんだな、おまえは。」
彼女は少し泣いているようにも見えた。
それでも優しく微笑んだ顔があまりにきれいで、私はなぜだかドキリとしてしまった。
「お、おまえに比べたらたいしたことない。」
思わず慌てた物言いになる。ふふっと彼女が軽く笑っている。なんだか少し恥ずかしい。
「―――ずっと思っていた……。何気ないことで喜んだり、笑いあったり、そういう平和で穏やかな時を主やおまえ達と過ごせたらと。
いつかそういう日が来て欲しいとずっと……、ずっ…と……」
「リイン―――……」
微笑んで語り出した彼女だったが、その笑みは徐々に消えていき最後には声も震えていた。
溢れ出す感情を必死に押さえようとする姿が見るに耐えない。
「リイン、我慢なんてするな。おまえだって感情のままに泣いていいんだ。」
そっと抱き寄せると彼女は腕の中で泣き崩れた。
「なんで…っ…く……どう、して……」
すぐ横で聞こえる嗚咽まじりのか細い声にやりきれない悔しさを感じる。それでも私には彼女をこうして抱きしめることしか出来ない。
無力さを感じずにはいられなかった。せめて少しでも慰めになればいいが…。
腕の中で子どものように泣きじゃくる彼女の気持ちは痛い程わかるつもりだ。
彼女の夢見た優しい時間は、彼女がどんなに望もうとも訪れることはないのだ。朝にはもうリインは――――。
それが主のためなら、主がたとえ止めたとしても彼女の決意は揺らがないだろう。彼女自身も言っていたように、彼女がいる限り脅威は消えない。
今回のようにテスタロッサ達の協力でなんとか出来る可能性はあるかもしれない。だがうまく行くとは限らないのだ。そうである限り彼女の判断は正しいだろう。
そのことは頭ではわかる。だが心で納得出来ることではない。
現に今こうして彼女は泣いているのだ。彼女だって受け入れられないでいるのは明白だ。
「すまない。」
不意に彼女が口を開いた。見れば彼女はいくぶんか落ち着いた様子で、涙を拭っていた。
「取り乱してしまった…。」
まだ微かにすすり泣きながら彼女が言った。
気にするな、と私は腕を解く。だがしばらくしても彼女は離れようとはしなかった。
「リイン?」
「シグナム……、もう少し…こうしていたい……。」
もうだいぶん落ち着いた声でそんな答えが返ってきた。私に身を預けて安らかな顔をしている。
甘えているのだろうか?彼女が?日頃甘えられることなどほとんどない私には彼女がどういうつもりなのかよく分からない。
でも悪い気なんてしなくて、むしろ心地よかった。私はまたそっと腕を回してみる。
「あったかい―――」
彼女のやわらかい声。私も彼女の温もりをもっと感じたくて回した腕に力を込める。彼女はすごくやわらかかった。
そんな状態でどれくらいたっただろうか。満足したのか彼女が体を起こす。数分にも感じたし、数十分、数時間にも感じられたそんな不思議な感覚。
彼女はどんな風に感じていたのだろうか。そんなことが少し気になる。
彼女と目が合うと少し気恥ずかしかった。
彼女の方はなんともないのか、こちらをまっすぐに見据えてくる。
「おまえ達とここまでこれて…、私は幸せだったんだな……。」
素直に嬉しい言葉だった。彼女自身あらためて実感しているようなそんな表情をしている。
だがそれはすぐに真剣なものとなる。
「消えゆく私が頼めたことではないかもしれないが、シグナム、これだけは約束して欲しい。主、八神はやてを生涯守り通すと。」
彼女の願い。それは守護騎士として果たすべき当然のことだった。
「無論です。不肖シグナム、主はやてを身命を賭して守り抜くと誓います。決してあなたの行為を無駄にするようなことはしません、騎士リインフォース。」
跪き、誓いをたてる。彼女に、そして自分自身に。
「頼んだぞシグナム。」
彼女は軽く微笑むとおもむろにまた空を見上げた。
「星が綺麗だな――――」
もう迷いも、躊躇いもなかった。星々の輝きを湛えた深い色の瞳が凛と前を見据える。
「行こうか、闇の書の終焉だ―――――」
---to be A's 13---
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