ある日の風景 〜白薔薇〜 その2
「お姉さま、今日は何の日かご存知ですか?」
放課後、薔薇の館でくつろぐ私に志摩子が問いかけてきた。
―――ん、今日?
うーん、と首をひねって軽く考えてみるが案の定何も出てこない。だいたい祝日ですら、なんの日かなんていちいち覚えてはいない。名前はただ名前でしかない。休日を満喫できればそれだけでいいというものだ。
「今日はなんかの日なの?」
「えぇ、今日は姉の日なんですよ。」
「姉の日?そんな日があるんだ……?」
「はい。」
驚いた。父の日、母の日、そして子供の日があることくらいは私でも知っている。しかしまさか姉の日なるものが存在しようとは。
「ちなみに弟の日、兄の日、妹の日というのもあって、3月6日、6月6日、9月6日、そして今日、12月6日の姉の日とそれぞれ3ヶ月ごとに定められているんですよ。」
「へぇ〜、初めて聞いた。」
なるほど、たしかに姉の日だけあっては他の兄弟に不公平というものだろう。
「あと、11月23日は勤労感謝の日ですけど、語呂から『いい兄さんの日』でもあるらしいですよ。」
「ふーん、いろんな日があるもんだねぇ〜。」
「そうですね。私もつい最近知ったんですけどね。そういうわけでお姉さま、今日は姉の日ということで、何かして欲しいことなどありましたら遠慮なく言ってくださいね。私に出来ることなら何でもいたしますから。」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。」
何を言い出すかと思えばこういうことだったのか。我ながらなんとも良い妹をもったものだ。少し照れてるところとかなんとも言えないかわいさだ。そうなるとちょっとからかいたくもなってくるというものである。
「んーそうだな〜、あっ、祥子がどんなパンツはいてるか見たいな!」
私は思い付くままに、志摩子が出来なさそうなことを言ってみる。しかしこれを最初に思い付く私って………。
「お・・・・お姉さま、そんな恐れ多いこと、私にはとてもできません・・・。」
もちろん志摩子の返事はNoである。まぁ実行してもらっても後が怖いんだけど…。しかしあれだ…困った表情の志摩子も魅力的だ!そういうわけで私はまた無理なことを言ってみる。
「あはは・・・やっぱそうだよね。じゃぁ祐巳ちゃんのが見たい!!」
流れ的に祥子の次は祐巳ちゃんでしょという軽い気持ちで。志摩子のツッコミでも見てみたいななんて思っていたけど、返ってきた反応は私の予期しないものだった。
「お姉さま・・・どうして、どうしてそんなことを私に頼むんですか・・・?そんなに見たいならどうぞ御自分で私のいないところで勝手にやってください!!もう知りませんから。」
怒ったような口調の志摩子。だけど、つらくてそして悲しげな表情をしていた。さっきはこんなんじゃなかったのにどうしたというのか。
「ちょまっ、志摩子、軽い冗談じゃない。本気にしないでってば。」
「………」
無言のままうつむかれてはなんともやりづらい。とりあえず何か言わないと。
「ぁ…ぅん、えーっと、宿題やってくれない?」
しかし口をついて出たのは、ちょっ、それはないだろ!と自分で自分に嫌気のさすようなそんな言葉だった。
「お姉さま・・・・・・そういうことは自分でちゃんとやってくださいね。もう・・・・受験も近いんですから・・・・・。」
「うん…………ごめん……。」
こりゃぁ怒られるかなと思ったけど、志摩子はますます暗くなったみたいだ。それはたぶん、私が高等部を卒業するという事実を意識しているから。そんな風に考えてしまっていいだろうか。
「特にこれをやって欲しいっていうのはないかな。」
「何も…、ですか?」
暗い表情に不安さを乗せて私を見上げる。
「うん、何も。」
「そう、ですか……。」
うつむく志摩子。できるだけ平然を装おうとしているのがわかって、私はそんな志摩子を見ていられなかった。志摩子にこんな顔をさせる自分が恨めしい。だから、たまには素直な気持ちを伝えようと、そう思った。
「ほんとはさ、1つあるんだよね、もう実現しちゃってるけど。」
「・・・?」
相変わらずの暗い表情で志摩子がわずかに首をかしげる。私は志摩子の頬を両手で包んでおでことおでこをくっつける。
「志摩子が私のそばにいてくれること。」
しっかりと志摩子の目をみつめて私はそう言った。
「………お姉さま。」
しばしの沈黙。
「機嫌直った?」
「…あのっ、私は別にすねてなんていません。」
あたふたしながら志摩子が言う。無論説得力なんてあるわけもなく、恥ずかしいのか、顔も少し赤い。
「かわいい子ってついからかいたくなるのよね。」
「……お姉さまのばか。」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でそう言って、志摩子が寄り掛かってきた。志摩子がいてくれればそれでいい。そう思っていたけれど、たまにはこうしてしっかりとお互いを確かめあうのもいいかもしれない。なんだか志摩子の重さがとても心地よかった。
「ずっとそばにいてくれたらなって、そう思ってる。」
そう言ってやんわりと志摩子を抱きしめた。