ある日の風景 〜白薔薇〜
「あの、お姉さま・・・。」
「ん?」
「その・・・・・」
「どうしたの?」
いつになく歯切れの悪い私。お姉さまは少し不思議そうに私をみている。
「あの、ですね・・・たまにはお、お昼をご一緒したいなぁと・・・・・思いまして。」
ようやく言い切った私は内心ホッと一息。しかしお姉さまはというと、きょとんとした表情で私をみているだけだった。それがどうにも耐え難くて私はストレートに聞いてみる。
「あの・・・・・、いや・・ですか?」
「・・・え?あっ、いや、そんなことはないよ。」
おそらく呆気にとられていたであろうお姉さまは、私の問いに慌てて答える。けれどそこまで言ったはいいものの、妙な気恥ずかしさからか私達は向かい合ったまま沈黙を保っていた。
私が突然こんなことを言い出したのにはわけがあって、それはこのあいだ祐巳さんとお昼を食べていた時のこと。
「志摩子さんもロサ・ギガンティアと一緒にお昼を食べたりするの?」
「えっ?」
何気ない会話の中での祐巳さんの問いに、私はそんな風に返すことしかできなかった。自分達姉妹のそういう姿はとても想像できなかったから。
そのときの会話によれば祐巳さん達は週に一度は一緒にお昼と食べることにしているのだとか。そんなこと今まで一度もないし、考えたこともないわ。そう答えた私に祐巳さんはとても驚いた表情をしていた。
「え、一度も・・・・・・そっかぁ・・・・。」
そう言った祐巳さんは少しだけ納得しているようにも見えた。
私達が変わり種姉妹と見られていることくらいは私でも知っている。いつの間にか周りはそういう風に私達を見ていたし、私も自分達姉妹の在り方についてなんら疑問を覚えることはなかった。
そして気づけばそれが普通だった。お姉さまもそれが良さそうだし、私もそうだと思っていた。私は人と深く関わるのが怖かった。
けれど佐藤聖という人間に会って、姉妹の契りを結んで私はその怖さを超越する感情を自覚した。この人と一緒にいたいという感情。
もっと。もっと。願わくばこの先ずっととさえ。同時にそれはお姉さまを苦しめるかもしれない気持ちでもあると、どこかで思っている。
だから私は振舞った。今の距離感が心地よいままであるように。多分お姉さまは私の気持ちには気づいていないだろう。そしてそれは自分自身への欺きでもある。そうやって振舞って、この感情に気づかぬふりをする。
もちろんそれは悪あがきに過ぎないとはわかりきってはいるのだけれど。
祐巳さんを見ていると、時折自分がやるせなくなる。なぜ私は彼女のように素直に他人に甘えることが出来ないのか。そんな自分が不思議にさえ思えてくる。
それで思わずお姉さまに今みたいなことを言ってしまったのだ。私だって時々思う。たまには・・・たまにくらいいいかなって。
「ぇっと・・・志摩子?」
「はいっ」
急に呼ばれて反射的にかしこまった返事になってしまう私。お姉さまは少しおかしそうにこちらを見ている。私は頬が熱くなるのを感じた。
「ぁ・・・その、来週の水曜日はどうですか?」
「うん、別にいいよ。」
「お姉さまはお昼はいつもどうされてるんですか?」
「うーん、ほとんど購買のパンかな。めんどくさいときは食べなかったりもする。」
まったく、実にお姉さまらしい答え。思わず苦笑しそうになるほどだ。
「そうなんですか。あの・・・もし迷惑でなければ、私はいつもお弁当なので、お姉さまの分も作ってきてもよろしいですか?」
「ほんとに?じゃぁお願いしちゃおうかな。」
「はい、でわその日のお昼休みに薔薇の館に来ていただけますか?」
「りょーかい。」
ふぅ・・・。一通り話が終わって私はお姉さまに気づかれないようにそっと胸をなでおろす。
その後はみんなが来るまでお互いどこかぎこちない時間をすごしていた。もっとも、5分もたたずにみんなが集まってきて、すぐに会議となったのだけれど。
山百合会の仕事も終わって薔薇の館を出ると、すぐに呼び止められた。振り向けばそこにはお姉さま。
「志摩子、もう帰るの?」
「はい、そのつもりです。」
「じゃぁたまには一緒に帰ろっか。」
お姉さまがこんなことを言うなんてどうしたんだろう。そう思いつつも、私はすごく嬉しかった。
「はい、是非。」
そういうわけで、にわかには信じがたいけれど。お姉さまと一緒に帰るなんてことになってしまった。
だからといって、これといって会話があるわけではない。けどそんなのはいつものことだ。こうしてお姉さまと並んで歩けるだけで私は十分嬉しいのだ。
「なんだか普通の姉妹みたいですね。」
「そう?」
首をかしげてそういったお姉さまに、私ははたからみても嬉しそうに返事をする。
「はいっ。」
そしてお姉さまの手が、思い切って、それでも遠慮がちに伸ばした私の手をやさしく包んでくれた。
「お弁当、楽しみにしてるから。」