―――――TieceD―――――
外は雨。少し強い雨が静かに降っている。
一人窓際で外を眺める私。誰もいない薔薇の館。静かな雨。この雨のもたらす静けさが、無数の水滴のただ落ちていくことの繰り返しが私の心も静かにする。
別に気分が暗くなるというのではない。雨との同調、とでも言えばいいだろうか。なんの感情も持たない虚ろな瞳にただ映るのはかすんだ景色。
そんな中で私はこのあいだのことを思い出していた。
いつもみたいに軽薄に祐巳ちゃんに抱きついた日のこと。祐巳ちゃんはいつも通りの反応だったけど、その日の祥子は静かだった。私につっかかることもなく、祐巳ちゃんをたしなめることもなかった。ただ怒りを秘めた少し鋭い目をじっとこちらに向けていた。
その後、たまたま祥子と二人きりになった時。
「ロサ・ギガンティア、志摩子を悲しませるようなことはもうやめてください。」
さっきと同じ目を向けながらそう祥子が切り出した。
「何、なんのことよ?」
さっきと同じ祥子の目を見たとき、私は彼女がなんのことを責めているのかわかった気がした。
それでも私はぜんぜん子供で、素直にそれを認めたくなんてなくて、自分に苛立ちながらこんな風に返すことしかできなかった。
祥子はしばらく私の問いに答えることなくじっと私の目を見ていた。祥子の目を私は怯えながら、かろうじて見返す。そんな自分にますます苛立ちがつのった。
耐え切れなくなって私が目を逸らしたところで、ようやく祥子が答える。
「志摩子の前で祐巳に抱きつくのはやめてください、と言っているんです。」
「・・・・・。」
どうやら私の考えはあたっていたようだ。
「あの子がつらくないとでも思ってるんですか?どれだけ平然としていても、やわらかく微笑んでいてもあの子は泣いているわ・・・。」
わかってる・・・そんなことはわかってる。でも――
「私だって好きでそんなこと・・・。」
「あの子は・・・志摩子は、あなたを選んだんですよ?あの子が誰かの妹になるのが嫌だから妹にして、傷つくのが怖いから逃げる。ロサ・ギガンティア・・・・・、あなたって人は―――――――――――」
「何が・・・、あなたに何がわかるっていうのよ!!」
いちいち痛いところを指摘してくる祥子の言葉に、苛立つ私は頭に血がのぼりつい声を荒げてしまう。祥子の言っていることは事実だと頭のどこかではわかっている。それでも私以外の誰かが、私の気持ちを理解することなんてできない。そう思っている私が、挑発的な言葉を受けて平然としていられるわけはなかった。
「分かりたくもないわ・・・・・私だったら・・・・・私・・だっ・・・たら・・・・・」
祥子の弱々しい声にはっとした。
祥子の鋭い目つきはそのままだったが、目元はかすかに濡れているように見えた。それでもなお凛とあり続ける祥子。そのことが余計に祥子の悔しさをこちらに伝えてくるようだった。
「祥子、あなた――――」
そこで私は気付いたのだ。前に祥子と廊下で言い争った時、あの時祥子は志摩子は山百合会に必要だからだと言っていた。それじゃあ何か足りないと私は思っていたけど…、祥子は志摩子が好きだったのだ。
志摩子が好き。それはあの子を妹にするに十分な理由だ。
そのことを知った上で今までの祥子を顧みてみれば、確かに祥子の志摩子を見る目は他のみんなとは違っていたかもしれない。もちろん、他のみんな、に私は入ってないわけだが。
「あの子は私じゃだめなんです。あなたじゃなきゃだめなのに・・・・、なのに・・・・あなたは・・どうして―――」
感情が高ぶったのか祥子の目からは涙があふれる。私は罪悪感に感じずにはいられなかった。
「祥子・・・ごめん・・・・。」
「謝るのなら私じゃなくてあの子に―――」
そう言った祥子の目はさっきよりはほんの少し鋭さがかけている気がした。
祥子は知っているのだ。私と久保栞のことを。
祥子と志摩子が姉妹だったらどんな感じだろうか。ふと想像してみるがそれは私の中ではっきりと像を結ばなかった。でも、きっとはたからみればお似合いなのだろう・・・・・。
「お姉さま?」
志摩子の声に意識が現実に引き戻される。
いつのまにやってきたのか、気づけば志摩子が薔薇の館に来ていた。
自分はそれほどぼーっとしていたのだろうか。窓の外では雨が静かに降り続いている。
「志摩子・・・、ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
志摩子は少し怪訝な顔でこっちを見ていたけれど、特に何か聞いてくることはなかった。
私達はいつもそうだ。普段はまるで関心のないように、お互い最小限の干渉しかしない。あるいは私がそうだから志摩子もそうなのだろうか。
「紅茶、お入れしますね。」
荷物を置いた志摩子がそう言って、流しへ向かう。自然と目が志摩子の姿を追った。
とても――、とても大切な私の妹。だからこそ私は今までのように接してきた。
でも祥子の言葉が私に何度もささやきかける。
――あの子は泣いているわ
私がどんな風に接しても変わらずにそばにいてくれる志摩子。今のままでいるのが本当にいいことなのだろうか。私は間違っていたのだろうか。
―――謝るのなら私じゃなくてあの子に
そう、本当に謝るべきは志摩子。
私は気づかれないように静かに志摩子の背後に近付く。そのまま後ろから華奢な体をそっと抱きしめた。
一瞬びくりと肩を震わせる志摩子。お互い少しの間そのままだったが、すぐに志摩子の手が私の手を包み込んだ。
「どうか・・・なさいましたか?」
志摩子の唇から紡がれるやさしい、とてもやさしい言葉。
あぁ――――
そんな志摩子に私の頬を暖かいものがつたう。
何もかも祥子の言うとおりで、志摩子はいつも自分を殺していて、私は手を差し延べておきながら苦しめるばかり。
それなのに志摩子はいつだってこんな私を気遣ってくれて、受けとめてくれて。私は切なくて、自然と志摩子を抱きしめる腕に力が入る。
「ごめん・・・・・・」
「お姉さま?」
「ごめんね、私・・・こんな姉で・・・志摩子、きっと色々つらかったでしょ・・・ごめんね・・・・。志摩子は祥子や祐巳ちゃんみたいな普通の姉妹がよかった・・・・?」
「・・・・・いいんです・・・お姉さま・・・・、お姉さまがいてくれれば、私はそれで・・・・・それだけでいいんです。」
やさしく私の手を包んでいた志摩子の手に力が入る。
本当に、本当に自分が憎い。志摩子につらい思いをさせてきた自分が。
これからは自分の気持ちに素直に志摩子に接したい。そしてもうつらい思いなんてさせたくないと心から思った。
私は――、私達はこれから変われるだろうか。
今はただ志摩子のその手がとても切なかった。
あとがき
一つの話を間隔あけて書くとうまくいったのかいってないのか自分でよくわからないできに・・・。とりあえず今度からまとめてババッと書かないとな。つか志摩子のセリフアニメと激似じゃん・・・・・orz