―――――可愛い声でお姉ちゃんとお呼び―――――




「こ・・・・・・・・・・、これだ!?!?」

聖の中を衝撃が駆け抜ける。彼女の前にはテレビ。写っているのはアニメだろうか。髪の長い少女が黄色い鳥としゃべっている。だがそれらはもう聖には届いていない。聖の頭の中ではその髪の長い少女の先程の言葉がひたすらリフレインされている。

―――お姉ちゃん

ただならぬ切なさを秘めたその言葉を聞いた瞬間、聖は思わずにはいられなかった。志摩子にそんな風に呼ばせてみたい、と。志摩子と姉妹(スール)になってだいぶたち、お姉さまと呼ばれるのもすっかり慣れた聖にとってその響きはなんとも魅力的だった。

次の日の放課後。
委員会もなく掃除もすぐに終わり、早くに薔薇の館についた志摩子がビスケット扉を開けると、そこにはすでに姉である聖の姿があった。誰もいないと思っていた志摩子は少し驚いた表情をみせたが、すぐに微笑んで挨拶をする。

「ごきげんよう、お姉さま。まだ早いので誰もいないと思ってました。」

心なしか志摩子の声は弾んでいる。でもそれもそのはず。一緒にいることの少ない姉と、二人の時間を過ごせるのだ。本当は甘えたい志摩子にとって嬉しくないはずがない。が、続く姉の言葉に少し戸惑いを覚える。

「ごきげんよ〜う。そりゃぁ私は掃除さぼってきたからねw・・・・・ごきげんよ〜う。今日は掃除がなかったからねw」

「は?」

今お姉さまは掃除をさぼってきたと言ったのだろうか?聞き間違いであって欲しいと願う志摩子だが、姉の性格を考えればやっても不思議はないと思ってしまう自分に苦笑しつつ聖に怪訝なまなざしを向ける。

「ちょ、ちょっとそんな目で見ないでよ志摩子・・・・・・。あ、ほら飲み物入れるから志摩子はゆっくり座ってて。」

「お姉さま、私がやります。」

「いいからいいから!たまには私が入れてあげるよ。」

姉の申し出を無理に断るのも変な気がした志摩子はとりあえず姉に任せることにした。

「そう、ですか・・・。」

「うん、そう。」

席に着いた志摩子はあらためて聖を見る。部屋に入ったときからなんとなくは感じていたがなんだか聖は気分がよさそうだ。妹としては気分のいい姉をみるのが嫌なはずはなく、志摩子は嬉しい気持ちでいっぱいだった。が、その場に蓉子でもいたならば気づいていただろう。聖はなにかをたくらんでいると。しかし心から聖を慕う志摩子にとって、聖が自分にたいして何かをたくらんでいるという考えなどは起こるはずもなかった。

「何がいい?」

「お姉さまと同じもので。」

「そう、コーヒーでも?」

「はい、それでいいです。」

しばらくして聖が二人分のカップを運んでくる。しかし漂ってくるのは紅茶の香り。不思議に思って志摩子はカップを覗いてみるが中身はやはり紅茶だった。

「お姉さま、コーヒーではなかったのですか?」

「うん、最初はコーヒーのつもりだったけど、志摩子コーヒーあんま好きじゃないでしょ?」

「そ、んなことは・・」

「無理しなくていいって。あ、もちろん私のも紅茶だから。」

「お姉さま・・・・。」

聖のたまにみせるそんなやさしさが志摩子は大好きだった。こんな風にお姉さまとすごせる時間に幸せを感じながら紅茶を飲んでいた志摩子だったが、その体が徐々に強張っていく。さっきから隣に座る聖がやたらこっちを見ている気がするのだ。いや、気がするというのはうぬぼれだったら嫌だなという気持ちが働いているからで、それは99%くらい事実だと思っていた。しばらく気にしてない風を装っていた志摩子だが、さすがに気恥ずかしさに耐え切れなくなって聖のほうを向く。

「あの・・・私になにかついてますか?」

「ううん、何も。・・・・・・強いて言うなら・・ロザリオ?」

「は?」

「いや、気にしないで。」

今日の姉はなんだか変だ・・・。そう志摩子が思い始めたころに聖がつづけて声をかけてくる。

「志摩子さ、私の妹だよね?」

「あ・・・あの、もちろんそうですけど・・・?」

だよね、と聖が大げさにうなづいている。

「ところでさ、スール制度についてどう思う?」

「は?」

なんだかさっきから「は?」が多いなと思いつつも聖の質問に志摩子はそう返すことしかできなかった。

「スールって姉妹だよね?」

「はぁ・・・そう、ですね。」

さっきまで二人の時間に幸せを感じていた志摩子だったが、今の聖といて志摩子が感じられるのは決していい予感ではなかった。

「姉妹ってさ、普通仲いいものだよね?」

「そう、思いますけど・・・?」

今日の姉はなんだかよくわからない。そして自分の姉がさっきからいったい何を言いたいのかもまるでわからない。

「志摩子はさ、仲いい姉妹が姉のことを『さま』付けで呼ぶなんて、なんか変だと思わない?」

ま、まさか――――――。
そこで志摩子は聖が自分に一体なにをさせようとしているのかが見えた気がした。もはや志摩子の中では『いい予感ではない』が完全に『悪い予感』になっていた。どことなく聖がにやけているような気もしてくる。

「ど、どうでしょう?別にそういうのもありと思いますけど・・・?」

今の志摩子には渇いた笑いを浮かべてそう返すことしかできなかった。

「うん、まぁあるかもしれないよね。でも今の世の中ほとんどないと思わない?」

「は・・・・はい・・・・・。」

肯定してはいけないとは思いつつも、聖のまっすぐな瞳に見つめられて志摩子は肯定の言葉を紡いでしまう。

「だからさ志摩子、私のこと『お姉ちゃん』って呼んでよ!?」

つ、ついに言いやがった!?
私ってこんなキャラじゃないわよね、と思いながらも志摩子は心のなかで盛大にツッコミを入れる。

「でも私たち本当の姉妹というわけでは・・・・・」

「いや、そんなの関係ないよ!!」

なくはないだろっ!!
とまたしても心の中でツッコミをいれる。が、口に出せるわけもなくて、そこへ聖が畳み掛ける。

「私は志摩子のことこんなに好きなのに、志摩子は私のこと嫌いなのっ!?!?」

なんでそうなる!!!!!
例によって心の中で以下略。最初から、逃れることは無理だとは思っていたが、どうやら本当に何を言っても無駄なようだ。こんなことなら最初になんともなさげにさらっと言ってしまえばよかったのに・・・。そう思うも聖のことをお姉ちゃんと呼ぶ自分を想像してしまった志摩子にはそれはもう無理なことだった。そして子供のように純粋な目で見つめてくる姉に断固として抗う気ももはや湧いてこなかった。

「嫌いじゃないです・・・。」

「じゃぁ言ってよ!さぁ!!」

逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ、逃げちゃダメヨ!! 某アニメの主人公のように心の中で自分に言い聞かせて、ついに志摩子は決心した。言おう。
私もお姉さまのこと、好きだから。

「わ、わたしも・・・す・・・、好きだよ、お姉ちゃん―――――!!」

うおあぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
すさまじい衝撃が聖の体を貫く。それはアニメを見て受けた衝撃とは比べ物になるはずもなくしばらく呆然とするしかなかった聖だが、我に帰ると志摩子をぎゅっと抱きしめた。

「志摩子、愛してる!!これからもお姉ちゃんって呼んでねw」

当の志摩子は先ほどから恥ずかしさのあまり、もう何かいうことすらできないでいた。


ガタッ―――
こんな状況なので二人は気づくはずもなかったがそのとき扉の外には、鞄を落とす小笠原祥子の姿があった。実は祥子は薔薇の館に来たはいいものの、なにやら白薔薇姉妹がおかしな話をしているので中に入りづらく、いけないこととは思いつつもこっそり聞き耳を立てていたのである。そして祥子も志摩子のセリフのあまりの衝撃に、思わず鞄を落としてしまったのだ。そしてつぶやく。

「こ・・・・・・・・・・・、これだわ!?!?!?」


それからしばらくリリアンでは『お姉ちゃん』がブームだったとか。


数ヵ月後、薔薇の館。
中にはなにやらおかしな話をしている白薔薇姉妹の二人。

「だからさ志摩子、私のこと『聖』って呼ん―――――

「うぉいっ!!!!!!!!!!!!!!!!」

それ以来志摩子さんがツッコミに目覚めたとか目覚めなかったとか。。。





あとがき
なんか6/28の日記みれば分かると思うんですけど、ヤミ帽みたらものすごい書きたい衝動に駆られてそれに身を任せるままにノリで書いてしまいました。ちなみにタイトルはアリプロの「跪いて足をお嘗め」よりとりました。初めてギャグテイストなものを書いたのですがどうだったでしょうか?とりあえず少しでも笑っていただけたなら幸いです。