―――――大切なあなたへ―――――



ほのかに私を包む優しい匂い。ふとおとずれるやわらかな感触。
ぼーっとしていたのだろうか。
自分の紅茶を入れていた私は薔薇の館に誰かが来たことに後ろから抱きしめられるまで気がつかなかった。
いや、誰か、はわかっている。それは志摩子さん。
オーラというかなんというか、彼女の纏う空気みたいなものでわかってしまう。 それはとても穏やかで、どこか儚げで。たとえるなら憂いを秘めた白薔薇のようだ。
普段の私だったら「ぎゃうっ」だのなんだの変な叫び声をあげていたかもしれない。
でも抱きしめられた瞬間志摩子さんだとわかって、なんだか緊張してしまって声はでなかった。

「志摩子さん・・・・・・?」

志摩子さんがこんなことをしてくるなんてとても想像できなくて、どうしたんだろうと思ってそっと声をかけてみる。

「祐巳さん・・・、ありがとう。」

耳元でささやくように志摩子さんが言った。
え……、何が?
聞こうとして、瞬間、言葉を飲み込む。
ふんわり包みこむように、私を抱きしめめていた志摩子さんの腕に力がはいったのだ。
ちょ……、これはやばい。
背中に感じる軟らかい感触。そしてすぐ横には志摩子さんの 顔。穏やかな息遣いまで感じられる。
その全てが意識がされてかなりのパニック状態。言葉を発することもできない。
心臓の鼓動がうるさい。志摩子さんまで聞こえるんじゃないかと思う程だ。
かつてない程脈が高いんじゃないだろうか。なんてよくわからないことを考えていると気付けば志摩子さんが離れていた。
それで私はようやく落ち着きを取り戻す。
そしてさきほどでなかった言葉を発する。

「何がありがとうなの?」

振り返った先の志摩子さんはなんだか照れくさそう。少し俯き加減。
そういえば私の顔は熱いけど赤いのかな・・・。

「あの・・・・あのね、祐巳さんこのあいだ言ってくれたじゃない?どこにもいかないでって。一緒に山百合会を背負っていこうって。私すごく嬉しくて・・・。あのときのお礼ちゃんとできていなかったから。だから感謝の気持ちを伝えたくて、それでこうすれば少しは伝わるかなって。祐巳さん、好きよ。」

「へ?なに、最後なんて言ったの?」

どうしてだか最後の言葉はほんとに小さな声。
けど志摩子さんの顔がなんだか赤い。

「え?ううん、なんでもないわ、気にしないで。」

どこか慌てた志摩子さんが少し気になる。けどそんなことはどうでもよかった。
だって今、私はすごく気分がいい。
志摩子さんとの距離がものすごく近付いた気がするから。
別に今までだって離れていたわけではないけれど、志摩子さんはどこか人と深くかかわらないようにしている感じがするのだ。
それに同じ年なのに、すごくしっかりしていてどこか尊敬と憧れを持ってしまう私の大好きな志摩子さん。
そんな存在にだきつかれて嬉しくないわけがない。
3年生が卒業してここのところ沈みがちだった私の心に希望の光がさした。そんな感じがした。
志摩子さんがいてくれればきっとやっていける。どんなに大変でも乗り越えていける。
そう私は確信した。

「志摩子さん、つらい時とかは私を頼ってくれていいからね。もっと私によりかかってくれていい。聖様みたにはいかないかもしれないけど、それでも私、志摩子さんの支えになりたいから。」

あの時みたいに志摩子さんの手を取る。
そしてあの時以上にしっかりと握り締める。
私の気持ちもちゃんと伝わるように。
志摩子さんがどこへも行かないように。

「祐巳さん・・・、ありがとう。すごく頼りにしているわ。祐巳さんがいてくれればればきっと何があっても大丈夫ね。」

志摩子さんも強く握り返してくれる。
あぁ志摩子さん、嬉しいことを言ってくれる・・・・・。
今日はなんていい日なんだろう。

「志摩子さん、これからも一緒にがんばっていこうね。」

「えぇ、そうね。これからもよろしくね、祐巳さん。」

見つめあってお互い微笑む。
「そういえば・・・」

少し遠くを見つめるようなまなざしで、ふと志摩子さんが言う。

「何、どうしたの?」

「お姉さま、いつも言っていたじゃない?祐巳さんの抱き心地は最高だって。」

何かいやな予感がする・・・。

「今はじめて知ったけれど本当にそのとおりなのね。なんだか祐巳さんの抱き心地がくせになりそうだわ。」

やっぱり!志摩子さんにたびたび抱きつかれてたんじゃ私の心臓がもちそうにない。
そりゃぁうれしいけどさ……。

「そ、そんなぁ……。」

「ふふっ・・・なんてね、冗談よ冗談。」

「もぉ、志摩子さんっ!!」

志摩子さんがすごく楽しそうに笑っている。
うぅ、ぜんぜん冗談に聞こえないよ・・・。
でもいっか、志摩子さんがこんなに楽しそうに笑ってくれるのなら。つられて私も笑いだす。
2人の明るい笑い声が薔薇の館に響く。

あぁ今日は本当にいい日だ――――

喜びを噛み締めて、今この瞬間を心に刻む

絶対に忘れないように


志摩子さん、ずっと・・・ずっとそばにいるからね―――――――――――――――――――