人生を桃鉄にたとえるなら、俺はどんな目をだそうと毎週一度は真冬の赤い駅に停まる設定になっているらしい。地味に3位くらいでクリアする予定だった俺の人生マップを書き換えたのはこの地方の特産怪獣で名を涼宮ハルヒという。
一度とり憑かれたが最後。他人に押しつけることもできず永遠に心身と社会的立場を蝕み続けるという悪質このうえない代物だ。
キングボンビーすら釈迦にみえるコイツに遭遇したのが去年の春。その瞬間から俺の人生鉄道は線路を外れて迷走を始め一年たった今では一直線にイスカンダルを目指している。
そんなわけで日常と基本的人権を常に侵され続けた俺は何もない時間の大切さを受験間際の四浪生より深く理解している。平穏というものは何にもかえがたい幸福なのだ。
宇宙も未来も謎組織とも無縁なまったりした日常にこそ価値があるのさ。そうたとえば今みたいに俺の膝に座った長門と二人してくつろいでいるような
リミテッド・デイズ
不思議探索を終えた土曜の午後8時。夕食も済み何もすることのないリビングで二人そろってシャミセンモード。さっきまで俺を座椅子にして読書中だった長門は頭だけ預けて床に寝転んでいる。ようするに膝枕。どうせなら立場が逆のほうが嬉しいのだがこれはこれで味がある。なんとなく父親気分に浸っていると横になったままの長門が持ってた本をこっちに突き出してきた。
「読んで。」
なんだか懐かしいセリフだがこの状況からするとあれか?読んで聞かせろということか?
「そう。」
常日頃、現文の授業で棒読みを心がけている俺が長門の望むレベルの音読なんかできるはずも無いがそこらへんは気合でカバー。どこか期待のこもっているような気がしないでもない視線にできる限り応えようとページを開き
ピンポーン
……とありがたいような残念なようなタイミングでベルがなった。どうするべきかと悩む俺を
よそに明らかに重力を無視した動きで長門スタンドアップ。
全身から溢れる透明オーラ。周りの空間がゆがんで見える。
「待て長門、ここは俺が出る。」
なんでか知らんが今の長門は危険だ。悪意の無い一般人を玄関後ごと消し去っても不思議はない。鞍馬山でもない一般住宅地で神隠しが起こっちゃマズイだろう。
もしこれで新聞勧誘とかならキツめに追い返してやろうとか思いながらドアを開け
すぐ閉めた。
鍵を閉めチェーンもかけたがやはり無駄だったらしい。
その道30年の空き巣もびっくりな速度で鍵を開けチェーンを切り落として(それ後で直しとけよ)入ってきたそいつに俺は言った。
「何の用だ眉毛。」
「挨拶もなしにそれはひどいんじゃないかな?」
笑顔で拗ねるという器用な真似をしながら、眉毛ってどういう意味?と聞いてくる姿は腰まで届く青みがかった長髪。
宇宙人目委員長科に属する美少女連続殺人未遂犯。朝倉涼子がそこにいた。
「どうもこうもそのままの意味だ。」
特徴を的確にとらえた素晴らしいあだ名じゃないか。
「失礼ね。原作だとそんなに太くないもん。」
原作とか言うんじゃありません。というか原作でもしっかり太眉だぞお前。詳しくは消失の表紙とか参照。なんなら【眉毛、おでん、太モモむっちり】でググッてみるといい。ヒットするのはお前だけだ。
お前には太眉キャラとして某・光の戦士の白いほうと共に眉毛萌という新しいジャンルを開拓する義務があるんだよ。
「もう…そんなひどいこと言うならお土産あげないよ。」
「いらん。だから帰れ。」
「はい、どうぞ。結構自信作なんだから。」
聞けよ人の話、等という無駄な突っ込みはあえてしない。予測範囲内の行動にいちいち突っ込むほどこっちも暇じゃないのである。なんせかわいい娘(むすめ)が一人寂しく俺の帰りを待っているのだ。自慢げに土鍋を掲げる眉毛にはとっととお帰りいただかねばならん。
「残念だが我が家の夕食はもう済んでいるぞ。オデンなんてはいる余裕はない。」
言うまでもなくレトルトカレーだったがな。それなりに美味しいし腹もいっぱいになるのだが
まあなんというか毎食カレーってのはちょっとどうかと思う。そんな黄色い食生活は黄金○説の芸人か代行者の眼鏡先輩に任しときゃいい。
「残念でした。これオデンじゃないわよ。ほら。」
得意げな顔の朝倉によって開放されるパンドラの土鍋。
えーと…黄色いもんがぷよんぷよん揺れている。
「プリンよ。」
ふーん。
「ちょっと作りすぎちゃったからね、おすそ分け。」
ほーう。
「たまには甘いものもいいかと思って。」
ちぇーけらー。
「大変だったんだよ。鍋がレンジに入らなくてね。仕方ないからバーナーを構成してこうガーッと。」
まずい。うん実にまずい。俺が思考を放棄してる間にどんどん突っ込み待ちのボケが溜まっていく。
いつの間にか俺の隣に来ていた長門はプリンと俺の顔を交互に見た後、動かなくなった。どうやら食欲と理性が壇ノ浦あたりで水上戦を始めたらしい。なんかプスプスと出火直前のタコ足配線のような音が聞こえる。そのうち耳から煙が出るかもしれない。
しかたない。今更にも程があるがこれだけは突っ込んでおこう。
「何で土鍋なんだ?」
「他になかったの。」
コイツは普段おでんしか食わんのだろうか。長門のカレーといい宇宙人はひとつの食品に執着するようプログラムされてるのかもしれないな。喜緑さんはどうなんだろう。やはりワカメか?
「それ江美里に言ったら分解されちゃうよ。」
心を読むな。
その後、俺が日本に伝わる「一汁三菜」という言葉の尊さを説明し
朝倉がそれを「汁もあるし具だって何種類もあるおでんは偉大ってことね。」と真逆ベクトル方向に理解した頃ようやく長門のフリーズがとけた。
「……入って」
どうやら食欲軍が勝ったらしい。
プリンに負けたのかと思うと男として正直複雑だがこのさい仕方ない。
人類史上最も独裁者の名にふさわしい団長率いるSOS団で雑用としてやっていくには諦めの良さが肝心なのである。
だから長門よ。そんな申し訳なさそうな目はしなくていいぞ。そりゃ少しは残念だったがまぁなんだ。何故か頭をぐるんぐるん回して悩んでいたお前の姿だけで俺の心は十分癒されたさ。だからな長門、今はとりあえず
「涎を拭け。」
「……迂闊。」
連続殺人未遂犯と同じ鍋-プリンだが-をつつかにゃならんわけでなんともギスギスした食卓だったが唯一の救いというかなんというか土鍋プリンはかなり美味かった。土鍋の3/4以上をたいらげた長門が底に余ったカラメルソースに牛乳をそそいでごきゅごきゅ飲んでいるこの光景が全てをものがたっている。
土鍋に口をつけ一気飲み敢行中の小柄文学少女というシュールとカオスとファンタジーの入り交じった世界を前にして俺はやっと消えたはずの朝倉が今ここにいる理由とか、俺がさも当たり前のように長門の家に泊まってる理由とか、そして牛乳を飲み干して口元をごしごし拭いている長門が
明らかに俺の妹サイズまで縮んでいる理由とか
そのあたりの説明が全くされてないことに気づいた。
ありがちな幼女化長門話。完全な悪ノリの産物のため続きはいつになるか不明。続くかどうかも不明。