雨の音に目を覚ました。
麻痺したままの世界のなかで背中に伝わる感触だけがやけにリアルだ。焼け焦げたはずの身体が誰かの腕に抱かれている。月明かりが照らすシルエットと黒いコートから覗く骨ばった掌。ああそうか、と少年は理解した。この男は死神だ。あの黒い太陽から死に損なった俺を飲み込むために落ちてきたのだ。気がつくと少年は笑っていた。ようやく頭がイカレてくれたと安堵する。意識の外から響いたそれは今思えば自分に向けた嘲笑だったのかもしれない。生きようと足掻く人々を見つけ、助けを求める声を聞いて、その全てを切り捨てて歩き続けたというのに結局逃げ切れなかったのだから。あるいはこれが、身を焼く苦しみと纏わりつく怨嗟でがんじがらめになったあげくに殺されることが、ただ一人生きようとした自分への罰なのだろうか。
ふと、死神の顔を見上げる。ボサボサの髪と無精ヒゲで縁取られた顔は黒く汚れ亡霊のようでもあった。なるほど死を司る相応しい、と納得した少年はそこに不思議な光景を見た。彼を殺しに来たはずの黒い男は憔悴しきった表情に
何故か、心からの安堵を浮かべくしゃくしゃに歪めて泣いていた。
まるで張り詰めていたものが切れたような諦めていた希望を見つけたようなその姿に、「誰に」なのかも 「ナニから」なのかも分からないが、きっと彼はたった今救われたのだろうと思った。
――潰れたはずの眼球がその姿を映した――
「生きて……いるのか……?」
――焼焦げたはずの鼓膜がその音を拾った――
『よかった』
その言葉が自分に向いていることを知って
彼のこぼす涙が少し温かくて
とっくに壊れていたはずの心がここでもう一度殺された。
それが「 シロウ」の唯一の記憶。衛宮士郎が目覚める前に姿を消したセイギノミカタの姿である。
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「あ、藤村組ですか、衛宮です朝早くからすみません。大河さんは……て、なんだ藤ねぇか。あのさ、今日の朝飯だけど俺用事あるから自分の家で……はいはい文句言わない。アンタ今年で25だろうが。成人女性が電話越しに駄々こねても全く可愛かないっての。晩飯は好きなモン作ってやるからそれで我慢しろ。エビフライ一人3匹でどうだ、4匹?……分かったそれで手を打つ。だから朝は藤村組で食ってこい……うん、じゃあまた学校で。」
飢えた虎の暴走を防ぐためとはいえ予定外の出費が決まってしまった。朝には似つかわしくない陰鬱な空気を振りまきながら赤毛の少年 / 衛宮士郎は制服を羽織る。玄関をくぐって見上げた空が雲ひとつ無い晴天だったせいで鬱メーターはさらに急上昇。澄み切った青色が空を塗りつぶし我を遮るものはなしと鬱陶しい程に輝く太陽。あぁ文句なしに最悪だ。
「全くなんで今日に限って晴れるんだか……」
昨日の夜必死で踊った雨乞いダンスには何の効果もなかったらしい。神様カミサマ俺のこと大嫌いなのは知っています。だけどせめて頑張ってるときくらいは俺のこと見てやって下さい。あと今更雨降らせてとか言わないんで藤ねぇのビデオカメラに雷落としてください。あの極道教師、俺の痴態(雨乞いダンス)をクラスで上映しやがるつもりなんです。なんて適当な祈りを大気圏外で忙しく飛び回っているであろう気象衛星に捧げつつ洋風建築の並ぶ坂道をのぼる。舗装路を睨みつけながら、決して上を向かないように。晴れた空など嫌いだった。黒い太陽を思い出すから。記憶の底から染み出す泥が衛宮士郎を剥がしていく。彼にとってそれは苦痛だった。蘇る痛ましい光景ではなく只一人生き残った自分への嫌悪でもなく、その結果である己のナカミを晒して生きて行くことこそが衛宮士郎にとって堪え難い地獄であった。
陽光を遮るように翳した右手を縦に奔る細い傷、聖杯に選ばれた者の兆しである。喚ぶ気なんてさらさらないのだが放っといた場合どっかの馬鹿に狙われるだろう。全くもって面倒なので早く消してしまいたいのに唯一それが出来そうな知り合いは借りを作りたくないランキング筆頭の外道神父である。ちなみにランク2位は同じ高校の幼馴染。十年前から不動のトップ2であった。最悪な空、終わらない坂道、悲惨すぎる人間関係、とうとうメーターから溢れた憂鬱を溜息として吐き出した士郎はもくもくと機械的に足を進めることにした。現在朝の6時半、こんな早朝から呼び出して下さりやがったあかいあくまの家を目指して。
坂の上にそびえる年季のはいった立派な洋館。その落ち着いた佇まいとは裏腹にどこか人を遠ざける不可思議な空気を纏っている。
勝手知ったるあくまのすみかと進入しリビングのドアをあけたところで士郎は硬直した。時刻は午前6時40分。ありえる筈の無い光景がそこにはあった。既に身支度を済ませソファで優雅に紅茶を口にする赤い服の少女。人形のように整った顔立ちに輝くような、士郎的には胡散臭いことこの上ない笑みをうかべ
「お早う衛宮君。随分早かったわね。」
「初めまして。凛さんのお姉様ですか?妹さんとそっくりですね。」
「違う。そして残念なことに妹でもないわ。れっきとした遠坂凛本人よ。」
嘘だ!!と士郎は全力で否定した。というか叫んだ。朝っぱらから実に近所迷惑な男である。それにしたってありえない。遠坂が自力で起きているなんてこれはきっと幻。それか罠。3つの目覚ましを全てとめて二度寝、その後士郎に揺すられつねられ布団をひっぺがされて初めて“朝日を浴びれば溶けちまうぜ”と言わんばかりのリビングデッドな足取りで這い出してくるのが正しい遠坂スタイルである。力ずくで起こそうとして脳天零距離ガンドをブチこまれたあの日のことを衛宮士郎は忘れない。
「にしても来るの早すぎない?約束は7時でしょ。」
「お前の寝顔に日頃の感謝の気持ちを綴ろうと思って。」
と、右手のマジックをクルクル回しながら士郎。もちろん油性。
「奇遇ね。私も衛宮君に言いたいことが出来たわ。存分に語り合いましょう。主に拳で。」
と、中国拳法の構えで凛。大気を震わす達人のオーラ。
「朝から元気だな遠坂。さっきまでエレガントに紅茶飲んでた少女はどこにいったんだ?イライラすると肌に悪いぞ。ビタミンCとったほうがいい。ほら特製レモンティーを召し上がれ。」
「それ酢。今アンタが入れたのレモン汁じゃなくて酢だから。あんた酸っぱりゃなんでもいいと思ってるでしょ。」
「お酢は身体にいいんだぞ。」
「知るかっ!!」
珍しく士郎優勢である。対する凜は飲みかけの紅茶にスティックシュガーを三本投入。寝起きの胡乱な頭では不利だ。血糖値を上げなければ衛宮士郎は倒せない。
「士郎朝ご飯まだ?」
「モーニングセットひとつで300円になります。」
「うちの食材使うくせに。」
「技術料。大体どこの世界も原価なんて微々たるもんだ。本なんて紙とインクだぜ。」
などと言いつつもいそいそとエプロンを纏う士郎。顔こそいつもの仏頂面だがその仕草がどことなく楽しそうだと気付けるのは100人いたら90人くらい。多分割と誰でも気付く。この男実に楽しそう。同年代の男子と同等かそれ以上の背丈なのに不思議とエプロンが似合うのは磨きあげた主夫スキルの賜物である。ちなみに二連敗の凛は「うー」、とか「むー」、とか唸りながら紅茶のお代わりを飲んでいた。まだ糖分が足りてないっぽい。
「んで、俺は何の理由があって朝っぱらからお前にこきつかわれなきゃいかんのか、まずそれを教えてくれ。」
プチトマトを洗いながら、めいっぱい不機そうな声で士郎は訊ねた。しかし実際のところ理由など日課の一言で済む。彼が朝から凛を訪ねるのは別に珍しいことではない。特に今日のような快晴の日は絶対だ。晴れた日に一人で登校するくらいなら家政夫やったほうがマシというのが彼の持論である。ちなみに毎朝飯をたかりにくる姉貴分は士郎を置いてバイクでさっさと登校していく。本能に忠実、というより本能だけでつっぱしる彼女の生き方は憧れるけど真似たくはない。
「なにって打ち合わせよ。まぁそれはご飯食べながらにしましょ。あ、そうだ早朝から呼び出したお詫びにひとつ教えてあげる。あんまりにも突飛な話だから信じられないだろうけど。」
「なんだ?遠坂が実は変身魔法少女だってことか?そんなことはずっと前から知ってるが。」
「いや実際そうだし。魔法は使えないけど変身くらいはできるわよ。ちなみに今は第二形態で後ふたつの変身を残してるわ。」
「マジで?うわそれ凄ぇ見てみたい。」
「なら私を追い詰めてみなさい。まぁアンタ程度の戦闘力じゃ無理でしょうけど。」
馬鹿な会話だった。それは彼らにとって当たり前の日常でこれから始まる非日常な話への導入でもある。だから凛が急に表情を引き締めたのを合図に士郎は茶化すのをやめた。無言で、しかし料理の手は止めずに彼女の言葉を待つ。
「アインツベルンが壊滅したわ。」
アインツベルン、聖杯への妄執に憑かれた一族。始まりの御三家のひとつであり魔術においても最高クラスの伝統と力を持つ大家である。
溶き卵に片手で塩胡椒をしながら士郎はそれを聞いた。逆の手で熱したフライパンにバターを投入。今朝はオムレツにするようだ。
「魔術協会が隠蔽しててね、もう2ヶ月以上経ってるみたい。聖杯の器はどうにか守ったらしいけど城は全壊。何者かに襲撃されたって噂だけど犯人は不明。まぁ生存者がいないんだから無理もないけど。」
「そっか。いろいろと大変そうだな。」
魔術師なら誰もが目をむくであろう情報に士郎は鷹揚な言葉を返した。凛にとってその反応は幾らか不満だが不思議はない。衛宮士郎は魔術使いであり魔術師では無いからだ。魔術を通して根源に至ろうとする魔術師と違い士郎は只の手段として魔術を用いる。彼にしてみれば魔道の大家の壊滅など遠い国で紛争が起こった、程度の話に過ぎない。
が、それにしたって無反応過ぎじゃ無かろうか。あちこちに手をまわしてやっと見つけた情報だってのに。ていうかもっと驚きなさいよ私はそりゃもう驚いたわよ。だってアインツベルンよアインツベルン!あんな金も力も社会的な地位も極めた連中を丸ごとつぶすなんてジオングでもなきゃ不可能でしょ?
八つ当たりとしてカップでも投げつけてやろうかと思ったが割れたら勿体無いので今は我慢。とりあえず士郎の分の紅茶にありったけの砂糖をいれといた。えーとあとは……お醤油は色でばれるわね。とりあえずコンソメ入れて……あ、ワインビネガーみっけ。よしコレもいっとこう。
凛がドリンクバーで遊ぶ小学生のような真似をしている頃、厨房の士郎は思考の全てを先程の凛の言葉に奪われていた。それは無論アインツベルンの話ではなく凛が士郎を呼んだ理由のほうである。打ち合わせとは間もなく始まる戦争についてだろう。ずくり、と手の甲に奔る傷が疼く。リビングの少女にも同じものが刻まれているはずだ。聖杯戦争。全ての願いが叶うという万能の釜を巡って7人の魔術師達が殺し合う、冬木の町を丸ごと使った大儀式。この戦いで特徴的なことのひとつにサーヴァントと呼ばれる使い魔の存在がある。彼らは全て過去現在未来に生きた英霊であり本来なら人が操れるような代物ではない。それを聖杯の力で召還し規格外の使い魔として戦わせる。そして勝ち残った一人だけが聖杯を手に出来る。士郎が知っていることはそれくらいだ。もともと聖杯になんて興味のなかった彼には知る理由も必要も無かったからである。それは当事者となった今でも変わらない。彼に分かることはほんの僅か、通説的な聖杯戦争のあらましと前回の戦争の結末、それともうひとつ、この戦争を始めたやつらが皆大ボケ揃いということだ。魔術とは秘匿されるもの。魔術師同士のドンパチなんてどっかの山奥でやればいいのになんでわざわざ街中を舞台に選んだのか。
黒い太陽を思い出す。
焼け落ちる街
燃え上がる空
黒焦げのナニか
助けてと言った誰か
ソレを切り捨てて生き延びた自分
微かに首を振って士郎は調理の速度をあげた。もっとテンポよくもっと鮮やかにもっともっと楽しげに。
何を考えている衛宮士郎、過去のことだ、過ぎたことだ、燃えた街も死んだ人もその全てを見捨てた自分も全て只の現実にすぎない。それには何も感じない。ナカミを晒すことにだけ吐くほどの羞恥と苦痛を覚える大火災の燃え残り。エミヤシロウとはそういうモノだ。
場所が街中じゃなかったなら
違う、イフの話に意味はない。
聖杯戦争は殺し合い
犠牲がでるのは当然の――
人が死ぬ
でもそれは死を覚悟した魔術師達だ
人が死ぬ
でもそれは名前も知らない誰かに過ぎない
人が死ぬ人が死ぬ人が死ぬ
何の関係もない戦いの巻き添えとなり、わけもわからず死んでいく。
気の毒だと思う。哀れむ気持ちもある。しかしそれだけだ。それだけの筈だ。なのにアタマの片隅に湧き上がるこの感情はなんなのか。
ありえないきっと錯覚だ。だってこの感情には理由が無い。
そう、エミヤシロウが――誰か――が死ぬことに苛立ちなんて感じるはずが、ない。
情けない情けない情けない
こんな当たり前のことを俺は何故今更確認しているのか
ナサケナイナサケナイナサケナイ
こんな自分を誰かに悟らせるわけにはいかない。
こんな自分を遠坂凛にだけは悟られるわけにはいかない。
振り向かずに冷蔵庫を開け大量の食材を引っ張り出す。リズムをあげる包丁、響く油の快音、朝食の量を遥かに超えてなおも追加されていく料理。鼻歌まじりに鍋を振るその姿を、――楽しそうだ――と思えない者がいるとしたら、それはきっと世界中で二人くらいだろう。
予定より随分と豪華になった朝食を囲み打ち合わせが始まった。
霊脈の流れ、裏路地の地図、建物の内装、周囲に被害の少ない戦闘場所、現在町で起こっている異常、最悪の場合に避難所である教会に逃げ込むための最短ルート、互いの手札全てをさらした作戦会議は時計の針が一周するころようやく終わった。あらゆる項目の確認を終え、書き込みだらけの地図を畳み、
そして最後に確認を
「それじゃあ士郎」
凛が立ち上がり片手を差しだす。士郎も応えるように手を伸ばし
同時に、凛の腕から黒い閃光が放たれた。ガンド、指差した相手を呪う簡易呪術。銃弾となって標的を貫かんとする呪いの塊はしかし虚空から現れた剣によって弾かれる。凛の追撃よりも早く、魔弾を防いだ剣とはまた別の細長い剣を取り出した士郎がそれを投擲。その剣もまた敵を穿つこと無く、不可視の防壁によって軌道を逸らされ背後の壁に突き刺さる。
漂う沈黙。どちらもそれ以上の攻撃はせず互いに睨みあったまま立ち尽くす。数十秒の静寂が過ぎ、先に動いたのは凛であった。彼女は少し乱れた髪を整え黒猫を思わせる笑みを浮かべてこう宣言した。
「今をもって、私達お互い敵になりましょう。」
そして士郎もそれに応じる。
「あぁ。正々堂々潰しあおう。」
スパーン、と鮮やかな音をたててひっぱたいた。凛が、士郎を、スリッパで。
正々堂々など聖杯戦争にはありえない。いかに相手の情報を集め、欺き、裏をかき、少ないリスクで勝利するか、それがこの戦いの常識である。だというのに、だっていうのに分かってるのこのバカヤロウと耳をぐいぐい引っ張られる。士郎が、凛に、フルパワーで。
「分かった訂正する。魔術師らしく潰しあおう遠坂凛。」
「それでいいのよ衛宮士郎。」
そのまま踵を返して士郎は出口へ向かい後ろ手でドアを閉める。けして振り向かないように。だから、そのとき凛が告げた言葉を衛宮士郎は背中で聞いた。
「覚悟しときなさい。アンタがサ−ヴァント召還したら真っ先にケッチョンケチョンにしてやる。」
響く足音が遠ざかる。何の返事も返さずに、ついさっき敵になったばかりの幼馴染は去っていった。
士郎が去った後の遠坂邸で「ミスったなぁ……」と途方にくれる少女が一人。見つめる先には机を埋める食器の群れ。両手でも数え切れない皿の数は明らかに朝食の量ではない。それが二人分。加えてカップにフォーク、ナイフにスプーンミルクピッチャー、これ全部私に洗えというのかあんちくしょう。
「ホント失敗だわ。片付けさせてから敵宣言するべきだった……」
なんて今更言っても意味は無い。後悔する暇があるなら次どうするかを考えるのが遠坂凛だ。きちんと洗って走って登校……ダメだ、『常に優雅たれ』我が家の家訓。なら水洗いだけしといて帰ってから続きを……却下。『どうせやるなら徹底的に』が私の信条。…………よし決まり。手早く、且つ完璧に洗って優雅に歩いて登校しよう。もし遅刻したらそのときはそのときだ。とりあえず士郎を一発殴っとこう。もう敵同士なんだし先制攻撃ってことで問題ないわよね。
さてと、それじゃあいっちょ頑張りますか、と腕まくりして洗い場に立つ凛。すでに優雅さなど微塵も無いのだが本人が気付いてない場合は彼女的にセーフらしい。
長い坂道を学校に向かって下りながら士郎は必死で笑いを噛み殺した。堪えすぎて涙がでた。「アンタがサ−ヴァント召還したら真っ先に……」と遠坂は言った。それはつまり俺が召還するまで待つ、ということだ。他のマスターが分かっているならそいつがサーヴァントを得る前に潰すなり拘束するなりすればいい。なのに待つ。それが正々堂々と言った俺を罵倒したヤツのセリフかよ。散々馬鹿馬鹿いいやがっておまえのが遥かに馬鹿だあの10倍馬鹿め。
日頃から魔術師程分かりやすい人種は無いと士郎は思っている。彼らの殆どが狡猾か高潔かの二択だからだ。そして遠坂凛が限りなく後者であることを彼は知っている。聖杯戦争においても彼女は派手に優雅に圧倒的にそして誰よりも誇り高く勝ち進んでいくだろう。なんせ十年来の付き合いだ。その程度のこと簡単に予想がつく。だから、彼女の戦い方を士郎が理解してることを遠坂凛も当然知ってるわワケで、なのにわざわざあんなことを言ったのは多分つまり要するに……
「無い。絶対無い。あってたまるかそんなわけ。」
やっぱり遠坂が馬鹿なんだ。そうだ100倍馬鹿だアイツは、と士郎は決めつけた。凜に、情けはあっても容赦ゼロの幼馴染みに気を使われたというのなら、あのときの俺はどれだけみっともない顔をしていたというのか。
なんとも複雑な気分になって士郎は顔を手で覆った。感情の処理が追いつかないときに顔を隠すのは彼の癖のひとつだった。掌の感触から自分の表情を読み取る。情けない顔だった。腑抜けきったにやけ面だった。今にも泣き出しそうな気分だった。どうやら自分は予想以上のヘタレらしい。
あぁアイツさえいなければ俺はもっと楽に死ねるのに
天候は相変わらず快晴、鬱な気分がサンサンと降り注ぐ。それでも、学校着くまでくらいならこの最悪な世界のなかで生きていける気がした。
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